【特別インタビュー】永瀬正敏が抱える、喪失への思い(映画.com)

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出典元:映画.com

肉親、パートナー、親友、恩人……、生きていく中で、誰しもが大切な存在の死に直面する。その悲しみ、喪失をどう受け止めればいいのか? 映画「名も無い日」は日比遊一監督自身の体験を元に、弟の突然の死をきっかけにシャッターを切ることができなくなったカメラマンが、故郷の街で静かにその死に向き合っていくさまを描く。

 「僕自身、向き合えていない気がするんですよね……」。主人公・達也を演じた永瀬正敏はそう語る。約3年前、この映画に出演した後に母親を亡くした。そしてもうひとつ、向き合えぬまま約20年を過ごしてきたという喪失がある。永瀬のデビュー作「ションベン・ライダー」のメガホンをとった恩人・相米慎二監督の死――。改めて永瀬に本作について、そして自らの内に抱える喪失への思いについて話を聞いた。(取材・文・写真/黒豆直樹)

 永瀬は数年前に本作の企画のオファーを受け、日比監督と直接会い、話をする中で出演を決めたという。

 「だんだん年を取ってくると、タナトス(フロイトが提唱した死の衝動)を感じることが増えてくるんですよね。身近な人が次々と天国に向かってしまう。それを忘れることなんてできないんですよね。監督も恐らく同じで、まさにモーニングワーク(直訳すると“喪の作業”。喪失の哀しみ、ショックから、やがて立ち直っていくまでの心理的なプロセスを指す言葉)の中にあったんだと思います。彼はアーティストなので、弟さんの死というものに作品を通して向き合わなければ、前に進めないと思っていらっしゃったんだと思います。そんな思いが、お会いして話をする中で伝わってきました」

 永瀬自身、自ら展覧会を開くほどの写真の腕前を持ち、過去にフォトグラファー役を演じたこともある。ただ、本作の達也という役を演じる上で参考にし、思いをはせたのは自らの経験ではなく、祖父の存在だった。

 「祖父は写真館をやっていた写真師だったんです。戦後のゴタゴタの中でいろんなことがあり、周囲の裏切りに遭ったりもして写真が撮れなくなってしまい、それから一切、カメラを持つことがなかったんですね。そこに思いをはせる部分が大きかった気がしますね」。

 映画の中で、達也は故郷の名古屋へと戻り、そこで多くの人々と顔を合わせる。入院中の祖母、同級生、かつて亡くなった友人の母親。街にとどまりながら、さまざまな人と話をし、少しずつ救われていく。決して遠くには行くわけではないのに、ロードムービーのようにも感じさせる。

 「たしかに心のロードムービーと言えるかもしれませんね。いろんな人と会い、会話する中で少しずつ何かをもらって、一歩を踏み出す。自分のことはあまりしゃべらないんだけど、相手の言葉が自分の心情を代弁してくれることが多い作品なんです。相手の言葉、人肌の温かさに背中を押してもらえたんだなと思います」

 不思議なのは、かつての同級生の息子であったり、年の離れた姪であったり、決して関係性が近くない相手とのやりとりのほうが、達也の表情、そして心が動いているように感じられること。

 「あまりにも近いと逆に、ちょっとカッコつけてしまって本音が吐露できないというのはあるのかもしれませんね(笑)。距離感がより自分を素直にさせてくれるというか。親友の息子からは『(達也が拠点とする)ニューヨークってどんなところ?』と問いかけられますけど、まさに亡くなった弟が以前発した『いつかニューヨークに行きたいな』という言葉と重なって、その存在が心にドスンと落ちてくる。姪っ子は陶芸の道に進んでいて、ものを作る同じアーティストとして、その言葉から一歩、いや半歩進むきっかけをもらえたのかなと思います」

 本作の大きな見どころ、ミニシアターで永瀬の躍動を見てきた映画ファンにとって見逃せないのが、永瀬とオダギリジョーの共演である。オダギリは、精神を蝕まれ、ゆっくりと死に向かっていく達也の弟・章人を演じているが、永瀬はオダギリとの決して多くはない、回想シーンでの共演に「心が震えた」という。

 「これまで、同じ作品に出たことはあったし、離れた距離で芝居をしたことはあったけど、ここまでがっちりと共演したのは、これがほぼ初めてだったんです。だから僕自身、ものすごく楽しみにしていて。一緒のシーンを撮ったのは、名古屋の監督のお宅、つまり弟さんが実際に亡くなられた家でした。章人が部屋に籠もっていて、僕はドアを蹴破って入っていき、背中越しに対峙するんですけど、オダギリくんは撮影のずいぶん前から、部屋に入ったまま出てこないんです。しかも、彼の背中越しに演技するので、撮影のあいだ一切、オダギリくんの表情が見えないんです。見えないんだけど、一緒にいてゾクゾクしましたね。章人があそこに本当にいるんです。あのとき、オダギリくんが涙を流していることも撮影中は僕にはまったく見えてなかったんですけど、それでもビンビン何かが伝わってきて、震えましたね」

 こうした心を震わせてくれる共演者やスタッフとの出会いこそ、永瀬が映画に出続ける理由だという。達也は弟の死の重さに耐えかね、シャッターを押せなくなってしまうが、永瀬自身は「演じられない」という状態になったことは一度もないという。むしろ「そこで立ち止まってしまったら、もう前に進めなくなってしまう気がする」という。そんな、話の流れの中で、話してくれたのが恩師・相米慎二監督の話である。1983年の永瀬のデビュー作「ションベン・ライダー」を手がけた相米監督は2001年、最後の作品となった「風花」の公開から数カ月後に肺がんでこの世を去った。

 「相米さんも本当に急にこの世を去ってしまって、そこに僕は全然向き合えていない気がしています。最後の現場の陣中見舞いに行った時に、相米さんが『次はチャンバラをやりたい』と言っていたんです。『チャンバラはいろいろめんどくせぇから、気心の知れた役者を使いたいんだよ。お前もそろそろ、いいんじゃねぇか?』って。僕は『ションベン・ライダー』の時に相米さんから一度もOKをもらえなくて『ま、そんなもんだろ』だけだったんです。だから僕はいつか相米さんに『OK』をもらえる役者になることが目標で、相米さんの言葉を聞いて心の中では小躍りしていたんです。それがプツっと切れてしまって、それをずっと引きずっているんですよね。永遠に『そんなもんだろ』の役者になってしまって、そこを越えたいけど越えられない。相米さんだけでなく、そういう方はたくさんいます。この映画でご一緒した木内(みどり/2019年逝去)さんもそうだし、樹木(希林)さん、田中邦衛さんもそう。まだまだご一緒したかったのに…という思いはずっと残っていますね」

 後悔や喪失、悲しみを抱えつつ、それでも、ゆっくりと前に進んでいく。昨年、54歳を迎えて、相米監督の享年(53)を上回った。年齢を重ねると「いろんなところにガタはきますけど(苦笑)、それはそれで楽しい」とも。

 「一度きりの人生なので楽しまなきゃダメだなと。死ぬまで現場にいられたらいいですね。まあ現場で死んだら迷惑かけちゃいますけど(笑)。そうやって旅は続いていくんだなと思うし、役者としてもまだまだですから。ようやく一歩目を踏めたかな? という感じです」

 若い世代への思いを尋ねると「素直に楽しいです」という言葉が返ってきた。“優しく見守る”というよりも“勉強させてもらっている”というのが永瀬の基本姿勢である。

 「もちろん、同世代や先輩の人たちとお会いして改めて発見があったりもして、それはそれで楽しいんですけど、若いジェネレーションの方とご一緒すると勉強になるんですよね。以前、園子温さんの作品で、現場のスタッフのほとんどが公募のボランティアだったことがあって、高校生の女の子がいたんです。その子が『映画を作りたいんです。出てほしいんです』と言うので、その場で『いいよ』って。どんな映画を作りたいのか? と聞いたら自分自身に置き換えて、母と娘の話を撮りたいと。それは実は僕自身、すごく興味のあるテーマでした。若いジェネレーションの子が、自分というフィルタを通して親子という関係をどのように見ていて、どう表現するのか? それ以外にも、大学のゼミの作品に呼んでもらったこともありましたけど、この子たちはどんな表現をするのか? という興味が勝ってしまうんですね(笑)。それで、実際にやってみると、僕のほうが受け取ること、勉強させてもらえることが多かったりするんです。そういう現場は楽しいですねぇ」

 自身が若い頃は“とがっている”と言われた。「いやぁ、意味わかんないですけどね」と笑いつつ、むしろ、いまの若い世代の持つ“素直さ”に頼もしささえ感じていると語る。

 「彼らは自分の気持ちに素直で、自分が欲するものをきちんと具現化していく行動力もありますよね。それはうらやましいなと思うし、見習わないといけないなと思います。それこそ僕らが若い頃は『そうは言っても、そんなことできねぇだろ』と思いながら、なんとかしてやってきた、そんな世代。いまの子たちは、環境が変わったところもあるかもしれませんが、どんどん自分のやりたいことを実現していきますよね。自分で企画したり、プロデュース、監督もやったり。素晴らしいと思います。それこそ、オダギリくんは監督としても素晴らしいですよね。すごい役者さんなので、もちろんお芝居も続けてほしいけど、できるなら数年に1本でいいので監督をしてほしい。斎藤工くんは映画館のない地域に映画を届けようって活動もしているし、山田孝之くんも自分で監督やプロデュースをしている。周りの理解を得るということも含めて、形にするってすごいことだし、それを見てさらに下の世代が育っていく。彼らに僕らが感謝しているし、僕らも頑張らなきゃって思っています」

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