片岡秀太郎が79歳で死去、仁左衛門・愛之助がコメント寄せる(ステージナタリー)

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出典元:ステージナタリー

片岡秀太郎が、5月23日12:55に慢性閉塞性肺疾患のため、大阪府内の自宅で死去した。79歳だった。

【画像】「仮名手本忠臣蔵 七段目」より、片岡秀太郎扮する遊女おかる。(c)松竹(他5件)

秀太郎は1941年9月13日生まれ、大阪府出身。十三代目片岡仁左衛門の次男。1946年に京都・南座「吉田屋」の禿役で初舞台を踏み、1956年に大阪・歌舞伎座「河内山」の浪路で二代目秀太郎を襲名した。1999年に第20回松尾芸能賞優秀賞、同年に大阪芸術賞、2002年に第21回京都府文化賞功労賞、2003年に第23回伝統文化ポーラ賞優秀賞、2014年に第49回大阪市市民表彰(文化功労)。2019年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、今年2021年には旭日小綬章を受けた。

近年では「菅原伝授手習鑑 道明寺」の菅丞相伯母覚寿、「盛綱陣屋」の微妙といった、時代物の老女の大役を演じた。最後の舞台出演は、昨年12月に南座で上演された「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」の経盛室藤の方。今年7月には、関西・歌舞伎を愛する会「七月大歌舞伎」に出演予定だった。

秀太郎の弟である当代の片岡仁左衛門は「兄は当人の理想通りの最期を迎えられ、安らかに旅立ちましたことが私たちどものせめてもの救いでございます。生前、皆様から賜りましたご支援、ご厚情に深く御礼申し上げます」とコメント。秀太郎の養子である片岡愛之助は「父は私を歌舞伎の世界に、そして、松嶋屋に入れて下さった大恩人で有ります。普段はとても優しいのですが、芝居の事になると兎にも角にも厳しい方でした。上方にこだわり上方の歌舞伎に情熱を注がれていました。これからもなお一層、秀太郎イズムを踏襲したいと思っております」と思いを述べた。なお葬儀と告別式は、家族葬にて執り行われている。

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