麒麟・田村裕が語るコンビ解散の危機、今でも川島への思いは“嫉妬99%”「『ラヴィット!』も「くそったれ」と思って見てます」(オリコン)

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1999年にお笑いコンビ・麒麟を結成し、2007年に自伝『ホームレス中学生』がベストセラーとなった田村裕。映画・ドラマ・漫画・絵本などメディアミックス化され、麒麟としても田村にフィーチャーした仕事が急増した。しかしその後、徐々に川島が注目され始め、いまやコンビ格差は歴然。現在の田村は『探偵!ナイトスクープ』などに出演しながら、YouTubeでバスケ動画を発信している。ほとんどコンビ活動がなくなった今、どのような想いで川島を見ているのか直撃した。

【写真あり】2016年…結婚式での'2ショット'を公開した麒麟・川島

■デビュー当時は“うさぎ”メンタルだった麒麟、ブレイクは「全部、自分の力と思っていた」

――まずは、改めて相方の川島明さんとの出会いからお願いします。

【田村裕】 ほんと恥ずかしい話なのですが、NSC時代、なめられたくない世間知らずだったので、僕が「コンビ組んだろか?」と上から目線で声をかけたのがきっかけです。ちょうど「今日から相方を探そう」と思っていた日、川島がネタをやっていたのを見て。当時からしっかりフリが効いて起承転結、オチまでがきれいで、「これはチャンスだ」と。マウントを取るような姿勢で声がけしました。

――では、当時の田村さんは割とイケイケだった?

【田村裕】 僕はクラスで人気者というか、わーっていうタイプ。おもしろい人がいたら声をかけたいタイプだったんですが、当時は先輩が怖くて(笑)。フットボールアワーの後藤さんも尖りまくっていたし、喫茶店の一番奥に『北斗の拳』のラオウみたいなデカイ人がおるなと思ったら千原せいじさんだったり。中川家の礼二さんも「おもろい事言えんのやったら喋るな」みたいな雰囲気がありましたね。で、川島も超人見知りのところがあり、僕らは小動物そのものでした。コンビ名こそ「麒麟」ですが、心は「うさぎ」ですよ。まあ、今となって川島は『ラヴィット!』のMCですが(笑)。

――川島さんは当時から“ラヴィット”だったんですね(笑)。

【田村裕】 NSCの卒業公演での初舞台、川島は緊張しすぎて、僕の後ろに立ってましたから(笑)。背後霊みたいな二人羽織漫才になっちゃって…。あと、初期の漫才見てもろたら分かるんですが、川島はお客さんを見るのが怖くて目を細めているんですよ。目が開いていてもコンタクト入れてなかったりとか、客席を見ないよう。で、徐々に背後霊から斜め後ろ、少しずつ真横に近づいていった感じです(笑)。

――いつ頃から手応えを感じ始めました?

【田村裕】 2001年の第1回『M-1グランプリ』は最初ダークホースで運だけで出してもらって。2年目に落ちて、そこからプロになっていった感じですね。2001年の段階から、もしかしたら川島はもうすでに完成形に近い形だったかもしれません。それでも当時の僕は「全部、自分の力や」と思っていて、川島が次々と爪痕を遺してくれて、いろんなことが見えてきてやっと気付かされました。川島はすごいヤツやったんやな、と。

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