「竜とそばかすの姫」細田守監督が考える映画の時代性と海外映画祭の醍醐味(映画.com)

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細田守監督が「サマーウォーズ」から12年ぶりにインターネット世界を題材にしたアニメーション映画「竜とそばかすの姫」。ネットが世界をつなぐインフラとして当たり前のものとなり、生活に身近なものになったゆえにプラスとマイナスの両面が大きくあらわれている今の社会が、17歳の女子高校生の物語を通してビビッドに描かれている。ネットの進化にあわせて作中の仮想世界<U(ユー)>の描写は大幅にスケールアップし、ネットを介して海外のクリエイターが多く参加するなど製作自体も作品とリンクするところがあったという。本作はカンヌ国際映画祭に新設された「カンヌ・プルミエール」部門に選出されている。現地でワールドプレミアに臨むためフランスに旅立つ直前の細田監督に、海外映画祭について感じていることも聞いた。(取材・文/編集部)

――細田監督は「時をかける少女」公開から3年置きに新作を作り続けています。結果としての積み重ねだとは思うのですが、3年に1本作っていくのは大変なことではないかと想像します。

 細田:映画というのは、公開してある程度の人に見てもらわないと次の製作をすることができません。スタジオ地図設立から10年、「時をかける少女」から15年、作品を作り続けてこられたのは、見てくださった皆さんのおかげだと思っています。そのうえで3年に1本のサイクルで続けていくことは大事にしていて、僕としては世の中の変化にあわせた映画をつくっていきたい気持ちがあるんです。

 3年ごとに映画になるようなネタがあるのかと思う方もいるかもしれませんが、世の中は変化していますから、そこに目を向けていれば今何がクローズアップされていて、これからどんなものに関心が向くか分かると思うんですよね。見ている側も現代に生きているわけですから、時代の流れのなかで作りながら、そのときどきの問題意識や考え方の変化から発想したエンタテインメントとしての映画を作っていきたいんです。

 時代の変化のなかで3年に1本のサイクルで作りながら、でも結局映画が残っていくのは時代に左右されない部分であるとも思っています。自分の作品でいえば、15年前の「時をかける少女」を今も思い出してもらえるのは時代の風雪にたえているということなのかなと。まあ、あの映画は3年ではなく9カ月ぐらいでつくっているんですけれど。

――本作は「サマーウォーズ」以来のインターネットを題材にした映画です。物語のスケールの大きさと仮想世界<U>の物量の多さに驚きました。

 細田:それはインターネットの世界が、12年前に作った「サマーウォーズ」と比べて大きく広がっていることの結果だと思います。そのスケール感みたいなものを視覚化して表現しようと考えると、やっぱりあのぐらいの物量が必要でした。3年というスケジュールではギリギリでいろいろな苦労がありましたが、これまで作品を一緒に作ってきたスタッフの蓄積のおかげで最後まで作りきることができました。

 今回の映画はインターネットの世界で無名の才能が花開くという話ですが、そうすると内容に引きずられて、デザイナーもインターネットのなかで探そうと思っちゃうんですよね。本作にはベルをデザインしてもらったジン・キムさんをはじめ海外のクリエイターに多く参加してもらっていますが、<U>の世界を一緒につくったエリック・ウォンさん(プロダクションデザイン)はインターネットで探しあてた1人でした。依頼してからエリックがロンドンに住む20代の建築家・デザイナーだったことを知り、しかも今にいたるまで直接会っていないですからね。コロナ禍で日本に来てもらうわけにも、こちらが行くわけにもいかず、リモートのやりとりだけで志を同じくしながら作っていけたのは面白かったです。こういう作り方ができるのも今のインターネットならではで、映画で描かれていることと実際のつくり方に近いところが多々ありました。

――作品全体の印象としては歌をはじめエンタメ要素が強いですが、主人公の内藤鈴(すず)は母親の死という重いドラマを背負っています。

 細田:この映画はインターネットで「美女と野獣」をやったらどうなるんだろうというところから発想がスタートしたのですが、「美女と野獣」もインターネットのSNSも同じ二面性をはらんでいるなと思ったんです。現実世界に川を登場させているのも同じ発想で、物語の舞台にした高知県には仁淀川と鏡川という2つの美しい川が流れています。そんな川にも美しいところと、濁流になって人が亡くなってしまうこともある両面があって、だからこそ川は人生にたとえられることもありますよね。

 すずは<U>の世界で大人気の歌姫ベルになるという二面性を抱えると同時に、「生と死」の死の部分を深く抱えながら生きている人でもあるっていうふうにしたかったんです。そうした重しをもった人が歌うところに説得力が生まれるんじゃないかと初期の頃から考えていましたし、「美女と野獣」をやりたいという時点で歌ものの要素も必然的にでてきました。本格的に歌ものをやるのは勇気がいりましたし、最初はミュージカルまでいけたらいいなと考えていたので、できあがった映画にもミュージカル要素がけっこう残っているはずです。歌やその歌詞によって主人公の心情が変化していくという意味で、歌がミュージカル的な部分を相当担っていると思います。

――映画はミュージカル的な歌の大スペクタクルでクライマックスを迎えますが、それだけで終わらないところが心に残りました。もっとエピローグ的でいいと思う人もいるかもしれませんが、あそこがすごく大事だったんじゃないかと感じました。

 細田:詳しくはお話しできませんが、ラスト付近の一種の葛藤はこの映画にとっての芯の部分で、そこを描くことで物語が着地するんだと考えながら作っていたところがあります。映画を快楽的なものだけで見るとまた別の考え方がでてくるかもしれませんし、今言われたような議論も確かに製作中にはありました。まあでも、そうしたところもふくめて観客の方は見てくれるのではないかという気がしています。

――細田監督は多くの海外映画祭に参加してきて、本作はカンヌ国際映画祭の公式選出作品としてワールドプレミア上映されます。完成報告会見では、海外映画祭はそれぞれの国で何が起きているかを映画を通して見せあう機会であると話されていました。

 細田:そうなんですよね。海外の映画祭って賞をとって光栄ですとか賞をとれなくて残念でしたねとか、そういうたぐいのものとは違うんです――ということはちょっと知ってもらえたらなと思います。

 その年に作られた世界中の映画が集まって、お互いの作品を見るのが映画祭の基本で大事なところなんです。いろいろな国に映画があることを知り、それぞれの切り口で作られた作品を見ることで、他の国には自分の国にはない問題があって葛藤している人がいるということを知ることができる。そうした喜びのようなものが味わえるのが映画祭の醍醐味ですから、日本人の作品がたまたま賞をとったとかそういうことだけにスポットがあたってしまうのは、もったいないことだなあと思うんですよね。勝ち負けにこだわりすぎているというか、例えば是枝(裕和)さんの作品がどのように世界で評価されたかも、日本人監督が日本を舞台に撮った映画でありながらあまり吟味されていない気がして、そのことの意味がどれぐらい理解されているんだろうと思ってしまうことがあります。映画.comさんには、賞のことだけではない映画祭に出品されている作品の魅力や映画の喜びみたいなものを、たくさん紹介してくれるとうれしいです。

 今回、「竜とそばかすの姫」を選んでいただいたカンヌのプルミエール部門は新しく設けられた部門で、他の選出作品は映画祭常連の監督の作品が多い印象があります。そんな部門に僕たちの映画が入っているのは、なんだか不思議な感じがしています。インターネットの世界で殴りあいをするシーンがあるような作品って、どうみてもカンヌ映画祭的ではないのでは……って自分では思うんですよね(笑)。おそらくそういうところだけでなく、映画トータルの部分や映画的なメッセージみたいなものを感じとってくれたから呼んでいただいたんじゃないかなと。カンヌの地でいろいろな国の人に見てもらい、どんなふうに感じたのかを見聞きしながら楽しんできたいと思っています。

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