『スーパーマン』や『リーサル・ウェポン』、『グーニーズ』を監督したリチャード・ドナーが91歳で逝去(IGN JAPAN)

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出典元:IGN JAPAN

クリストファー・リーヴが主演した『スーパーマン』や『リーサル・ウェポン』、『グーニーズ』などの映画で監督を務めたリチャード・ドナーが91歳で逝去した。
Varietyによると、7月5日にドナーの制作会社が監督の死を認めたが、死因は明かされていない。

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米エンターテイメント・データベースサイトIMDbによると、ドナーの監督としての初の作品は、ドラマシリーズ『Zane Grey Theatre(原題)』のエピソード「So Young the Savage Land」で、監督としてブレイクした作品は1976年に公開された『オーメン』だった。その2年後に、『スーパーマン』が続いている。ドナーは、映画プロデューサーのアレクサンダー&イリヤ・サルキンドとの訴訟の末、『スーパーマン II/冒険篇』を降板。続編はリチャード・レスターがドナーの任務を引き継いだが、2006年に『スーパーマン II/冒険篇 リチャード・ドナーカット版』がリリースされ、同日にはブライアン・シンガーがメガホンを取った『スーパーマン リターンズ』のホームビデオも発売された。
引き続き、ドナーは映画「リーサル・ウェポン」の第1~4作を監督し、最後の作品は、2006年に公開されたブルース・ウィリス主演の『16ブロック』となっている。
妻であるローレン・シュラー・ドナーとプロダクション会社を立ち上げたドナーは監督だけに留まらず、2000年代の「X-MEN」シリーズと、前日譚となる『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』といった映画をプロデュースした。
しばらくドナーはメガホンを取っていなかったかもしれないが、世界中のクリエイターに与えた影響は無視できない。ドナーの制作会社のインターンの一人はマーベル・スタジオの社長であるケヴィン・ファイギで、もしドナーが別のインターンを選んでいたら、私たちが知っているMCUは存在していなかったかもしれない。
声明でファイギは、どれほどドナーが自分にとって大切な存在だったかを追悼の意で表している。
ファイギは、「リチャード・ドナーは人間が空を飛べると私に信じさせてくれただけでなく、コミックスのキャラクターが感動やユーモア、人間性、そして誠実さを映画のスクリーンに甦らせることができると信じさせてくれました。何よりも彼は、カメラの前後にいるすべての人々に敬意を払い、思いやりと優しさを持って仕事をしなければならないと私に教えてくれました」と綴っている。
続けてファイギは、「ディック(ドナー監督のこと)とローレンは、私の初期におけるキャリアのメンターとなり、MCUの誕生を通して主なサポーターになってくれました。私のキャリアは、2人がファックスの使い方やコーヒーの作り方を知らなかったニュージャージー出身のヒヨッコに時間をかけ、教育してくれたおかげです。いつも私はディックは不滅だと思っていましたが、それは今もです。ローレンと家族全員にお悔やみを申し上げます」とTwitterに投稿している。
リチャード・ドナルド・シュワルツバーグは、1939年4月24日にブロンクスで誕生。 監督はパーカー・ジュニア・カレッジに進学後、ニューヨーク大学でビジネスと演劇を専攻。ドナーは俳優としてキャリアを開始したが、監督として大きな成功を収めた。
前出の映画に加え、ドナーはドラマシリーズ『ミステリー・ゾーン』や『0011ナポレオン・ソロ』、『それ行けスマート』、『ベリー・メイスン』、『ルート66』、『逃亡者』、『600万ドルの男』、『刑事コジャック』などのエピソードで監督を務めた。またドナーは、しばらくハンナ・バーベラ・プロダクションで仕事をしたことがあり、そこで『Danger Island(原題)』のエピソードも監督している。
リチャード・ドナーは、1986年に結婚したローレン・シュラー・ドナーを遺して亡くなった。

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